アーチビジョンのあゆみ
沿革
| 1980年 | 株式会社アーチビジョンは、「デザイン製品」と、「リゾートホテルとその周辺施設」のプランニングプロデュースを主要業務とする会社として設立された。経験や実績はまだ少なく、ビジョンだけは大きかった20代のクリエーター5人でスタートした設立当初はラボのような性格を持ったコミュニティ的要素が強く、その経緯から社名はビジョン(夢・希望)の架け橋という意味合いで名づけられた。 プランニングプロデュースを務める藤縄智子以外のメンバーは、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナー、建築家、グラフィックデザイナーで、シンガポール、アメリカ、イギリスなどの在日多国籍のデザイナーで構成されていた。海外リゾートホテル、アートギャラリー、ブティック、アパレルのスペースコンセプト開発、分譲コンドミニアムの内外環境デザイン、チェーンストアのVMD開発、ステーショナリーやアクセサリーの新ライン開発、また、女性対象の乗用車のインテリア開発などを行なった。 |
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| 1985年 - 1989年 | 藤縄は、アーチビジョンの仕事の一方で、テレビ報道部でのレポーター活動と、デザイン誌で、海外デザイナーのアトリエを訪ね、デザイン思想をインタビューする取材活動を続けていた。経営資源としてのデザインが注目され脚光を浴びた80年代を通じ、数多くのデザイナーにインタビューをする機会を得、レンゾー・ピアノ、ジャン・プルベ、マリテ・フランソワ・ジルボー、ノーマン・フォスター、I・M・ペイ、ビビアン・ウェストウッド、ピエール・ブーレーズ 等々、50人余りの、デザイナー、アーティストの創作哲学に触れ、時空を超えて生き続ける可能性を持ったデザインの仕事に対する価値を改めて認識することになった。 |
| 1992年 - 1999年 | イタリアのジュエリーアーティスト、CAZZANIGA氏と、MANFREDI氏が創作するオリジナルジュエリーの、日本市場のプロモーションを依頼され、ヨーロッパジュエリーの歴史、様式、製造方法、また、ゴールド、ダイアモンド等の素材の勉強を深めるにつれ、ジュエリーに対する関心と情熱が高まっていき、バブル経済の終焉時とほぼ同時に、会社をジュエリー製作業務に業態変換する。当時、市場でほとんど見当たらなかった、カラーパールやバロックパールのイレギュラーな真珠のラインを作りデビュー作品展を開く。作品展開催後、三越本店、阪急数寄屋橋店、三越新宿店、続いて、三越恵比寿店、高島屋新宿店、プランタン銀座、福岡岩田屋、福岡三越、有楽町阪急、西武渋谷店、等に順次出店。 |
| 2001年 | 世田谷区奥沢で7年間営業していた直営店「IMAGINER」を閉じ、自由が丘2丁目に新店を建設し、 オリジナルジュエリーショップ「自由が丘クーゲ」を開業。これを機に、デパートのすべての常設売り場を辞退。 |
| 2002年 | 「ネックレス+イヤリング」セットで10,000円の統一価格の商品ラインを、うめだ阪急本店においてイベント販売したことで、自由ヶ丘スタイルの「デザイン」と「品質」、「リーズナブル価格」の3点バランスが好評を博し、良好な販売結果をマーク。 |
| 2006年 | テレビショップチャンネルQVCにおいて、6種類のオリジナルネックレスが採用販売され、放映30分で異例の800万円の売上を達成。 |
| 2008年 | 2008年 12年の実績を重ねていた、「ネックレス+イヤリング」のセット商品を、リピーター顧客数1万人を超えたことを契機に、「nonna」とネーミングしブランド化を図る。 販売拠点は、うめだ阪急本店、有楽町阪急、西武池袋店、玉川高島屋、西武渋谷店、横浜高島屋、三越・帝国ホテル催事等に各々期間1週間で開催。また、ウェブ販売にも進出し、オンラインショップ【nonnaネックレスギャラリー】を開設。 オリジナルダイアモンドラインの拡充に力を注ぐ。 |
![[バナー]COUGUE(自由が丘クーゲ)](/image/common/bnr_cougue.jpg)